とあるアルフィスタのある日。 くるまとわいんのスローライフな日々。

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イタリアに住んで十年余。
自動車のデザイン会社で働きながら、好きで集めたミニカーの紹介を中心に、アルファとワインの話を日々の生活の風景を織り交ぜて。

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Ferrari F1 Collection D50 -1956-
Category: Ferrari F1 Collection   2 Comments   0 Trackbacks  
W196の陰に隠れた車に、ランチアD50もいた。

アルファロメオ6C1750GSの設計者でもあるヴィットリオ・ヤーノによって、
先進的なアイデアで開発され、実はメルセデス・ティームが一番恐れていた車だった。

今回はそのD50ではなく、フェラーリのD50、別名ランチアーフェラーリ D50。

P1060317.jpg

55年にD50をドライヴしていたアルベルト・アスカリをモンツァの事故で失い、
レース活動から撤退したランチアからその車体をフェラーリが譲り受けた。

P1060324.jpg

両サイド・ポンツーンに燃料タンクを配した独特の設計だったランチアD50だったが、
タンクを後部に戻し、フローティングだったサイド・ポンツーンを車体と一体化した。

P1060323.jpg

ドライヴァーはW196で2年連続チャンピオンとなったファンジオが、
これまた大惨事でレース活動をやめたメルセデスから古巣フェラーリに戻った。
56年のフェラーリはまるでリサイクルショップの様な体になった。

P1060321.jpg

そして見事にこのD50で4度目の優勝を獲得したファンジオは翌年、
マセラーティに移籍し悲運の250Fで5度目のチャンピオンとなったことは、
前回のエントリーでも紹介したとおり。

P1060322.jpg

じつに54年から57年の4年連続に輝いたファン・マヌエル・ファンジオ、
この時代の優れた車のすべてに乗り、すべて優勝に導いたという優勝請負人、
F1界の武豊と言われている。(どこで?)

P1060327.jpg

カーナンバー2はセカンド・ドライヴァーだったピーター・コリンズの車。
最終戦までファンジオとタイトル争いをしていたコリンズは、
メカニカル・トラブルでピットに戻ったファンジオに自分の車を譲ったらしい。
そのままファンジオは人の車で優勝しタイトルも獲得する。

P1060326.jpg

この時代からティーム・オーダーはフェラーリのお家芸だったのか。
そのティーム・オーダーも来期から合法になり、もう気兼ねなくアロンソも走れるだろう。
ご法度だった事のほうがおかしかったと私は思う。

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テーマ : ミニカー    ジャンル : 車・バイク

Comments

サイドポンツーンの役割?
K5様
  良い年末休暇をお過ごしの事と思います。
D-50は私も好きな車の一つです。フェラーリになって燃料タンクがお尻に移ったのですね。そうするとサイドポンツーンには何が入っていたのでしょうか。気になります。今後とも50年代前後のフォーミュラカーの紹介を期待しております
Re: サイドポンツーンの役割?
こんばんは、pontaさん。

お願いですので-様はよして下さい。なんだかお尻のほうがむずむずしてしまいます。(笑)

> D-50は私も好きな車の一つです。フェラーリになって燃料タンクがお尻に移ったのですね。そうするとサイドポンツーンには何が入っていたのでしょうか。気になります。今後とも50年代前後のフォーミュラカーの紹介を期待しております

ランチアの時は燃料タンクだったサイドポンツーンの中身は、
フェラーリになってただの空洞になりました。

私も50年代半ばの車を深く調べる事で個々の事象が線で繋がり、
更なる興味を持つようになりました。
手元にあるモデルはフェラーリが中心ですが、少しずつ紹介していきたいと思います。

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