とあるアルフィスタのある日。 くるまとわいんのスローライフな日々。

プロフィール

k5

Author:k5
イタリアに住んで十年余。
自動車のデザイン会社で働きながら、好きで集めたミニカーの紹介を中心に、アルファとワインの話を日々の生活の風景を織り交ぜて。

検索フォーム
FC2カウンター
ブログランキング参加中
にほんブログ村 コレクションブログ ミニカーへ

にほんブログ村 車ブログ アルファロメオへ

にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ
INNOCENTI            イタリアン・ブランドの帰還
Category: 時事なこと   0 Comments   0 Trackbacks  
logo-innocenti.jpg 

今から70年前フェラーリが公道車の生産会社と興したとき、
同じ年のミラノでイノチェンティが誕生した。

やがてその活動を終えた1997年から丁度20年が経ち、
歴史あるイタリアン・ブランドが復活する。
20年前に頓挫したスタイルの革新という夢を
再び取り戻す目標を掲げて。

戦後すぐロンバルディアの州都であるミラノで創業した
創始フェルディナンド・イノチェンティはトスカーナ出身。
だがブランドの再生の地はパレルモになるという。

ベルトーネ製のボディを換装したイノチェンティ・ミニや、
スクーターのランブレッタで知られるこのブランドを、
再び世界でも市場を席巻しうるべくペロッタ・ファミリー、
 Industrie Riunite SpA, Euro Mobile International B.V.,
 Finambiente Group SpAが、アイデアの実現を目指す。


スポンサーサイト
70 Years of Emotion
Category: 時事なこと   0 Comments   0 Trackbacks  
1947年3月12日,
フェラーリ最初のプロダクションモデル125Sが、
エンツォ自らの運転で、マラネロのアベトーネ通りに面する
本社の正面ゲートからラウンチされた。
以後フェラーリの全ての車の第一号は彼によって起動される。

下の70周年を記念した限定車ラ・フェラーリ・アペルタ・
70゜anniversarioと125Sのオマージュ動画である。

古くからのフェラーリファンには感慨深いものがあるのではないか。





猛牛の父、PAOLO STANZANI 逝く。
Category: 時事なこと   0 Comments   0 Trackbacks  
2017年最初の記事は訃報。

ミウラの父として知られるパオロ・スタンツァーニ氏が亡くなった。

polostanzani81.jpg 

1936年ボローニャ生まれ。

60年代初めにボローニャ大学で働くも創始フェルッチョに誘われ、
エンジニアとして1963年に・ランボルギーニ社に雇われる。
350GT、400GT、イスレロ、そしてミウラの開発に関わる。
1967年にテクニカル・ディレクター兼ジェネラル・ディレクターに就き、
カウンタック、エスパーダ、ハラマ、ウラッコを誕生させる。

フェルッチョが自社を売却すると、彼も退社しブガッティ社の復活と
EB110のプロジェクトに参加。後にミナルディの活動に協力する。

そして今、彼の元雇い主、故フェルッチョと共に何を語っているのだろうか。

偉大なる技術者の冥福を祈る。


アホ・エルカンww
Category: 時事なこと   0 Comments   0 Trackbacks  
毎度お騒がせなラポ・エルカン、御大アニエッリの孫でフィアット・インディペンデントの代表。

04122016-lapo.jpg 

今回は滞在先のNYでアルコールやドラッグ三昧で持ち金を使い果たし、
狂言で自信が誘拐されたとし家族から身代金1万ドルを要求、
更なる薬物等の購入に充てようと企てたという。

フェラーリの次期社長とも噂されてる人物。
本人はバカだけど、彼をそのポストに推す廻りの人間もバカですねー。


AMA-triciana
Category: 時事なこと   2 Comments   0 Trackbacks  
8月24日にイタリア中部で起こった地震から1週間が経った。
そこは2009年に地震があったラクイラにも近い。
その経験から耐震構造の建物もあった地域では若干被害も抑えられたらしいが、
そうでない小さな町村では壊滅的な被害を被った。
その一つがアマトリーチェ、パスタ料理のアマトリチャーナで有名な町で、
丁度その郷土料理のお祭りを控え、沢山の観光客も訪れており、そのために被災者の数も多かった。

崩壊した家を追われた人たちはテント生活を強いられている。
そんな人たちに手を差し伸べようとムーヴメントがFBを中心に起こっている。
イタリア中のレストランでアマトリチャーナのパスタを食べてもらい、
一皿文の代金から2ユーロを寄付に充てるという。

amatriciana.jpg 

そのムーヴメントは日本にも拡散し、日本のレストランでも食事を通して
慈善の輪が広がっているという。

もしお近くで、お出かけ先でそんなレストランで食事をされる機会があれば、
美味い事で知られるアマトリチャーナのパスタを是非食べて頂きたい。

日本ではあまり知られていないかも知れない料理に出会えてもらって、
イタリアの片田舎の町に思いをよせていただけたら嬉しい。

因みにAMATRICIANAのAMAの部分が赤くなっているのは、
AMAという文字が”愛する”という意味のAMOREの3人称単数形でもあり、
命令形でもあるので、愛の意味あいを掛けている。